<再入国:タイ>目と鼻の先で爆弾が爆発した
- 2015/08/23
- 10:00
現在、バンコク。ついに取りました、次の航空券。
週明けに即日でミャンマービザを取り、翌日飛びます、ヤンゴンへ。
目的はバガン遺跡。世界3大仏教遺跡をコンプリートします!

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居心地良すぎる、すいかハウス。出会った人たちもいい人すぎた。激しく去り難い、、、。
そんなおいらをポチッと応援お願いします。m(_ _ )m
日本でも大きく取り上げられたようですが、ここ、バンコクで爆弾テロがありました。
あの日私は、マッサージのレッスンが終わった後、Chit lom駅にあるデパート・伊勢丹へ行きました。
携帯の調子が悪くdocomoのサポートデスクに行くため。
日本のdocomoと繋いでもらって、1時間半近くあーでもないこーでもない、と試行錯誤を繰り返していました。携帯の不具合は改善して、ついでだから伊勢丹の中をブラブラして、さてそろそろ帰ろうかと、BTS(バンコクのモノレール)に乗ろうと、駅と建物を結んでいる歩道(スカイウォーク)を歩いていました。
その時です。iPodで音楽を聴いていた時、聞いたことないような爆音が”ドカン”として、私は立ってられずしゃがみこんだ。自分の周りの人もそうだった。
音は自分の背後からしたような気がした。振り向くと火柱が上がっていた。



私の場所からは道路上で車が燃えているように見えた。
自分がいた場所の真横には大きな病院があって、爆発からしばらくするとその病院からストレッチャーや車椅子を持ったスタッフが現場に走って行った。現場までは多分200メートルくらいの距離。すぐに車椅子やストレッチャーに乗せられて被害者が病院内に入っていく。被害者を下ろしたらまたすぐに車椅子もって現場へと走っていく。
開いたり閉じたりする自動ドアの中はすぐに患者さんとスタッフでごった返した。
血まみれの患者さん、火傷を負った患者さん、体に力が全く入っていないおそらく亡くなられているであろう患者さん、自力で歩いてくる患者さん。目の前を通り過ぎて行った。(病院の入り口は2階にあって、スカイウォークからはちょうど目線の前だった。)
この時まだ、私は大きな交通事故が起きたと思っていた。”爆弾テロ”なんて言葉、一切頭に浮かんでいなかった。
しばらくその場から立ち去れないでいると、ついに警備員がやってきてすぐに立ち去るように言われ、スカイウォークを閉鎖した。
Chit lom駅に向かう道が閉鎖されたため私はその隣にある Siam駅に向かった。
とても混み合っていて3本目に来た列車にやっと乗れた。
驚くのは、BTSの線路の直下でテロが起きていて直後には黒煙が巻き上がっていたのに、BTSは止まることなく走り続けていた。道路も普通に車が行き交っていたこと。
帰り道、宿の近くのショッピングモールのテレビには先ほど私が見た光景が映し出されていた。
CNNのニュースだった。字幕はタイ語しかなくて、何が起こっているかは理解できなかった。
でも、このCNNの放送を見た時、もしかしたらテロなのかも、って初めて頭をよぎった。
だって、ただの交通事故ならこんなに早くCNNなんかの速報ニュースになるだろうか、、、。
買い物するのをやめて宿に戻った。wi-fi環境でニュースを見たいと思った。
宿に帰って、宿泊者に”バンコクでなんかありました?”って聞いたら、
”テロみたいです、15人亡くなってるみたいです。”と。
背中がゾワッてした。なんだか気分が悪くなってきた。
私は、そんなにおおごとだと思ってなかった。
ーー私の目と鼻の先で爆弾が爆発して人が死んだ。ーー
目の前を運ばれていった被害者の悲惨さより私はそっちの方が恐怖だった。
日本の友人、家族から無事を確認するメールが沢山きた。
ご心配おかけしました。でも心配してくれてありがとう。
日本のみんなの方が私より詳しい情報を知っていた。
翌日も私はいつもと変わらず満員のBTSに揺られてマッサージ学校に通った。
駅の改札に金属探知機を持った警備員が立っていたこと以外は何一つ変わらない時間が流れていた。
私は、自分の命を守るために、夜は一人で出歩かないようにしたり、新しい街にはなるべく明るい時間に着くように交通手段を工夫したり、出来ることはしているつもり。
でもテロから身を守るにはどうしたらいい?
人が多いところに行かない、観光地に行かない、、、、
そんなこと言っていたら、どこに本当に安全な場所があるのだろう。
日本にいても、テロやミサイルが飛んでくるリスクはある。
私にとってテロは、遠い異国で起きている出来事ではなくなった。
だけど、私はこのまま旅を続けます。
これまで以上に身を引き締めて。
被害者のご冥福と1日も早い回復を願って。
テロや戦争が無い世界を願って。

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あの日私は、マッサージのレッスンが終わった後、Chit lom駅にあるデパート・伊勢丹へ行きました。
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日本のdocomoと繋いでもらって、1時間半近くあーでもないこーでもない、と試行錯誤を繰り返していました。携帯の不具合は改善して、ついでだから伊勢丹の中をブラブラして、さてそろそろ帰ろうかと、BTS(バンコクのモノレール)に乗ろうと、駅と建物を結んでいる歩道(スカイウォーク)を歩いていました。
その時です。iPodで音楽を聴いていた時、聞いたことないような爆音が”ドカン”として、私は立ってられずしゃがみこんだ。自分の周りの人もそうだった。
音は自分の背後からしたような気がした。振り向くと火柱が上がっていた。



私の場所からは道路上で車が燃えているように見えた。
自分がいた場所の真横には大きな病院があって、爆発からしばらくするとその病院からストレッチャーや車椅子を持ったスタッフが現場に走って行った。現場までは多分200メートルくらいの距離。すぐに車椅子やストレッチャーに乗せられて被害者が病院内に入っていく。被害者を下ろしたらまたすぐに車椅子もって現場へと走っていく。
開いたり閉じたりする自動ドアの中はすぐに患者さんとスタッフでごった返した。
血まみれの患者さん、火傷を負った患者さん、体に力が全く入っていないおそらく亡くなられているであろう患者さん、自力で歩いてくる患者さん。目の前を通り過ぎて行った。(病院の入り口は2階にあって、スカイウォークからはちょうど目線の前だった。)
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しばらくその場から立ち去れないでいると、ついに警備員がやってきてすぐに立ち去るように言われ、スカイウォークを閉鎖した。
Chit lom駅に向かう道が閉鎖されたため私はその隣にある Siam駅に向かった。
とても混み合っていて3本目に来た列車にやっと乗れた。
驚くのは、BTSの線路の直下でテロが起きていて直後には黒煙が巻き上がっていたのに、BTSは止まることなく走り続けていた。道路も普通に車が行き交っていたこと。
帰り道、宿の近くのショッピングモールのテレビには先ほど私が見た光景が映し出されていた。
CNNのニュースだった。字幕はタイ語しかなくて、何が起こっているかは理解できなかった。
でも、このCNNの放送を見た時、もしかしたらテロなのかも、って初めて頭をよぎった。
だって、ただの交通事故ならこんなに早くCNNなんかの速報ニュースになるだろうか、、、。
買い物するのをやめて宿に戻った。wi-fi環境でニュースを見たいと思った。
宿に帰って、宿泊者に”バンコクでなんかありました?”って聞いたら、
”テロみたいです、15人亡くなってるみたいです。”と。
背中がゾワッてした。なんだか気分が悪くなってきた。
私は、そんなにおおごとだと思ってなかった。
ーー私の目と鼻の先で爆弾が爆発して人が死んだ。ーー
目の前を運ばれていった被害者の悲惨さより私はそっちの方が恐怖だった。
日本の友人、家族から無事を確認するメールが沢山きた。
ご心配おかけしました。でも心配してくれてありがとう。
日本のみんなの方が私より詳しい情報を知っていた。
翌日も私はいつもと変わらず満員のBTSに揺られてマッサージ学校に通った。
駅の改札に金属探知機を持った警備員が立っていたこと以外は何一つ変わらない時間が流れていた。
私は、自分の命を守るために、夜は一人で出歩かないようにしたり、新しい街にはなるべく明るい時間に着くように交通手段を工夫したり、出来ることはしているつもり。
でもテロから身を守るにはどうしたらいい?
人が多いところに行かない、観光地に行かない、、、、
そんなこと言っていたら、どこに本当に安全な場所があるのだろう。
日本にいても、テロやミサイルが飛んでくるリスクはある。
私にとってテロは、遠い異国で起きている出来事ではなくなった。
だけど、私はこのまま旅を続けます。
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