<82カ国目;コロンビア>good vibes!! ポットラックパーティ!!!
- 2018/05/02
- 18:02
こんにちは。
現在、エルサルバドル・サンサルバドル。
こちらも治安が悪いと有名な町ですが、人、めっちゃ優しい。
この感じ、久しぶり。
なんかね、アジアみたい。
南米もチリ、アルゼンチンなんかはめっちゃ人優しかったけど、洗練されたヨーロピアンな優しさなんだよね。
エルサルバドルって、アジアのお母ちゃんみたいな人がいっぱい。
教会なんかは逆にめっちゃモダンでおしゃれ。
もうちょっとゆっくりしたかった、、、。

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世界一周ブログランキングに参加中。
1日1クリックで応援宜しくお願いします。
メデジンでの宿が、アタリ宿でスタッフもみんないい人たちだったし、泊まっている人たちも面白い人が多かった。
アメリカの救命士と救急通報を受けるオペレーター、アイルランド人の臨床心理士、プエルトリコの心理学の教授とそのパートナー、、、
話は、日本の国民皆保険の話から、アメリカの医療事情、そしてアメリカとプエルトリコの関係、そして、セックスマイノリティについて、、、
真夜中までずっと語っていた。
特にプエルトリコとアメリカの関係は私はほとんど知らなかったけど、アメリカ人、プエルトリコ人にはお互いに譲れない言い分があるようで結構議論は白熱していたけど、そういう語り合いも良いなって思った。
日本人だと、触れない方がいいかなって避けがちだけど。
プエルトリコはアメリカの自治連邦区。
独自の国旗を持ち、オリンピックなんかも”プエルトリコ”で出るけど、ドルを使い、国民はアメリカのパスポートを所有している。
第一公用語はスペイン語。
カリブ海のリゾート地で、リッキー・マーティンとか、最近ではdespasitoが流行っているルイス・フォンシなんかのラテンミュージシャンを多く輩出しています。
2017年に破産申請をしたり、ハリケーンが直撃したりと、経済的に大打撃を受けている。
プエルトリコ出身の2人は、昨年から給与の支給が止まっているという。彼らは自分たちでも起業しているようで生活に必要な収入はあるようだ。
そんな一応アメリカの一部であるプエルトリコの支援をトランプ政権は、拒否したようだ。
その結果、何が起こったか、、、アメリカ国内で使用されている薬剤の多くがプエルトリコ産。
その供給が止まってしまっているため、アメリカ国内で深刻な薬剤不足が起こっているのだと言う。
その薬剤っていうのも、ごく一般的に使われる鎮痛剤とか。
救命士として働くジュリーは、以前のように薬剤を使えなくなったといっていた。
”使うなとは言われないけど、本当に必要な人に必要最低限を使用するように。”と。
(アメリカは、救命士が病院到着前でもある一定の薬剤を医師の許可なく患者に使用することができる。)
プエルトリコ、ちょっと気になっている国なんだよね。
今回は行く時間が無いけれど、いつか必ず行ってみたいなー。
プエルトリコからのおふたりは、70代のゲイカップル。20年以上一緒にいるんだって。
そして、宿のスタッフ、ダニー、ジョナサンも、男性だけど、それぞれ”ボーイフレンド”がいるそうだ。
特にダニーは、自分はゲイでもホモセクシャルでもなく、ジェンダーフリーだっていうことをすごく強調する。
とある日、一緒にミュージアムに行った。
入場料はタダなのだけど、名前、国籍、性別なんかを記入しないといけない欄があって、彼はそこにGF(gender free)って書いていた。
うーん、私、セックスマイノリティに対して別に偏見があるわけじゃないけど、実際日本にいる時からそういう友達多いし、、、呼ばれ方に対するこだわりにはちょっと動揺しちゃう。
なんて呼んだらいいかわからないから、逆にそのことを話題にできない。
私にしたみたら、女(おんな)って呼ばれるか、女子(じょし)って呼ばれるか、女性(じょせい)て呼ばれるかの違いくらいにしか感じないけど、、、違うか。
そんな彼らと行った、ミュージアム、la casa de la memoria(記憶の家)。
こちら、とってもいい博物館なんだけどね、、、、英語の説明がほとんど無い。
*以下2枚、写真閲覧注意*
この博物館が展示しているのは、もちろん、メデジンの悲劇の記録。
この2枚の写真、撮影されたのは2000年に入ってから。


写真がくるくる動く仕組みになっていて、真正面から撮れなくてごめんなさい。
壁にある箱に耳を近づけると、当時の状況を語る人々のささやきが聞こえるのですが、スペイン語なのでわかりません。

これ、ちょっと面白いでしょ?

ハサミは、腐敗政治、石は安定した政治、紙が選挙。
これらが競い合ったらどうなるかな?残念ながらこちらも説明スペイン語のみ。
こんな風に、悲壮感漂う写真だけじゃなくてね、事件や歴史には一切触れずにそれでも平和は命の尊さについて考えさせられるような展示も多くあった。
こちら、暗い部屋の中に、幾つもの画面が消えたり、現れたりする。

映し出されるは、殺されたり行方不明になった人々の在りし日の姿。
このミュージアムほど英語の表記がないことが悔やまれるミュージアムはなかった。
私がもうちょっとスペイン語できたら良いだけなんだけど、、、とにかく、メデジンに行かれる方、是非に行ってみてください。
さて、この日は、みんなで一品持ち寄りパーティーです。
私、お寿司を作ろうと思ってたのね。だけど、、、宿の近くのお店では、スモークサーモンや海苔、何より日本のお米が見つけられなかった、、、
あーー、どうしよっかな?!?! いつものアレ?野菜炒め行っちゃう?
他の人たちの作るものとの兼ね合いもあってね、私は炭水化物のメインを作った方が良いような気がしてね、、、
チョイスしたのが、、、お好み焼!!!
急いで帰ったら、みんな仕込み中。


宿のキッチンが大きいからみんなで一斉に作り始めても問題なかった。
さてさて、良い匂いがしてきましたよ。

みんなでいただきます。

多めに作ったからね、他の宿泊者たちも巻き込んで大パーティーになった。
良いよね、こういう雰囲気。お料理は全て綺麗さっぱり無くなりました。
ダニーたちが宿の小さなパティオに焚き火を焚いてくれた。
お腹がいっぱいになったら焚き火の周りでミュージック!

たまにあるんだよね、こんな風に泊まってる人同士がすごく仲良くなれて、素敵な空間と時間を共有できる。
国境を越えて、性別を越えて、年齢を越えて、バックグラウンドを越えて。
こんな出会いに恵まれた時も、旅に出てよかったなって思える瞬間なのでした。
現在、エルサルバドル・サンサルバドル。
こちらも治安が悪いと有名な町ですが、人、めっちゃ優しい。
この感じ、久しぶり。
なんかね、アジアみたい。
南米もチリ、アルゼンチンなんかはめっちゃ人優しかったけど、洗練されたヨーロピアンな優しさなんだよね。
エルサルバドルって、アジアのお母ちゃんみたいな人がいっぱい。
教会なんかは逆にめっちゃモダンでおしゃれ。
もうちょっとゆっくりしたかった、、、。

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世界一周ブログランキングに参加中。
1日1クリックで応援宜しくお願いします。
メデジンでの宿が、アタリ宿でスタッフもみんないい人たちだったし、泊まっている人たちも面白い人が多かった。
アメリカの救命士と救急通報を受けるオペレーター、アイルランド人の臨床心理士、プエルトリコの心理学の教授とそのパートナー、、、
話は、日本の国民皆保険の話から、アメリカの医療事情、そしてアメリカとプエルトリコの関係、そして、セックスマイノリティについて、、、
真夜中までずっと語っていた。
特にプエルトリコとアメリカの関係は私はほとんど知らなかったけど、アメリカ人、プエルトリコ人にはお互いに譲れない言い分があるようで結構議論は白熱していたけど、そういう語り合いも良いなって思った。
日本人だと、触れない方がいいかなって避けがちだけど。
プエルトリコはアメリカの自治連邦区。
独自の国旗を持ち、オリンピックなんかも”プエルトリコ”で出るけど、ドルを使い、国民はアメリカのパスポートを所有している。
第一公用語はスペイン語。
カリブ海のリゾート地で、リッキー・マーティンとか、最近ではdespasitoが流行っているルイス・フォンシなんかのラテンミュージシャンを多く輩出しています。
2017年に破産申請をしたり、ハリケーンが直撃したりと、経済的に大打撃を受けている。
プエルトリコ出身の2人は、昨年から給与の支給が止まっているという。彼らは自分たちでも起業しているようで生活に必要な収入はあるようだ。
そんな一応アメリカの一部であるプエルトリコの支援をトランプ政権は、拒否したようだ。
その結果、何が起こったか、、、アメリカ国内で使用されている薬剤の多くがプエルトリコ産。
その供給が止まってしまっているため、アメリカ国内で深刻な薬剤不足が起こっているのだと言う。
その薬剤っていうのも、ごく一般的に使われる鎮痛剤とか。
救命士として働くジュリーは、以前のように薬剤を使えなくなったといっていた。
”使うなとは言われないけど、本当に必要な人に必要最低限を使用するように。”と。
(アメリカは、救命士が病院到着前でもある一定の薬剤を医師の許可なく患者に使用することができる。)
プエルトリコ、ちょっと気になっている国なんだよね。
今回は行く時間が無いけれど、いつか必ず行ってみたいなー。
プエルトリコからのおふたりは、70代のゲイカップル。20年以上一緒にいるんだって。
そして、宿のスタッフ、ダニー、ジョナサンも、男性だけど、それぞれ”ボーイフレンド”がいるそうだ。
特にダニーは、自分はゲイでもホモセクシャルでもなく、ジェンダーフリーだっていうことをすごく強調する。
とある日、一緒にミュージアムに行った。
入場料はタダなのだけど、名前、国籍、性別なんかを記入しないといけない欄があって、彼はそこにGF(gender free)って書いていた。
うーん、私、セックスマイノリティに対して別に偏見があるわけじゃないけど、実際日本にいる時からそういう友達多いし、、、呼ばれ方に対するこだわりにはちょっと動揺しちゃう。
なんて呼んだらいいかわからないから、逆にそのことを話題にできない。
私にしたみたら、女(おんな)って呼ばれるか、女子(じょし)って呼ばれるか、女性(じょせい)て呼ばれるかの違いくらいにしか感じないけど、、、違うか。
そんな彼らと行った、ミュージアム、la casa de la memoria(記憶の家)。
こちら、とってもいい博物館なんだけどね、、、、英語の説明がほとんど無い。
*以下2枚、写真閲覧注意*
この博物館が展示しているのは、もちろん、メデジンの悲劇の記録。
この2枚の写真、撮影されたのは2000年に入ってから。


写真がくるくる動く仕組みになっていて、真正面から撮れなくてごめんなさい。
壁にある箱に耳を近づけると、当時の状況を語る人々のささやきが聞こえるのですが、スペイン語なのでわかりません。

これ、ちょっと面白いでしょ?

ハサミは、腐敗政治、石は安定した政治、紙が選挙。
これらが競い合ったらどうなるかな?残念ながらこちらも説明スペイン語のみ。
こんな風に、悲壮感漂う写真だけじゃなくてね、事件や歴史には一切触れずにそれでも平和は命の尊さについて考えさせられるような展示も多くあった。
こちら、暗い部屋の中に、幾つもの画面が消えたり、現れたりする。

映し出されるは、殺されたり行方不明になった人々の在りし日の姿。
このミュージアムほど英語の表記がないことが悔やまれるミュージアムはなかった。
私がもうちょっとスペイン語できたら良いだけなんだけど、、、とにかく、メデジンに行かれる方、是非に行ってみてください。
さて、この日は、みんなで一品持ち寄りパーティーです。
私、お寿司を作ろうと思ってたのね。だけど、、、宿の近くのお店では、スモークサーモンや海苔、何より日本のお米が見つけられなかった、、、
あーー、どうしよっかな?!?! いつものアレ?野菜炒め行っちゃう?
他の人たちの作るものとの兼ね合いもあってね、私は炭水化物のメインを作った方が良いような気がしてね、、、
チョイスしたのが、、、お好み焼!!!
急いで帰ったら、みんな仕込み中。


宿のキッチンが大きいからみんなで一斉に作り始めても問題なかった。
さてさて、良い匂いがしてきましたよ。

みんなでいただきます。

多めに作ったからね、他の宿泊者たちも巻き込んで大パーティーになった。
良いよね、こういう雰囲気。お料理は全て綺麗さっぱり無くなりました。
ダニーたちが宿の小さなパティオに焚き火を焚いてくれた。
お腹がいっぱいになったら焚き火の周りでミュージック!

たまにあるんだよね、こんな風に泊まってる人同士がすごく仲良くなれて、素敵な空間と時間を共有できる。
国境を越えて、性別を越えて、年齢を越えて、バックグラウンドを越えて。
こんな出会いに恵まれた時も、旅に出てよかったなって思える瞬間なのでした。