<73カ国目・メキシコ>例の似たようなやつ2連発(宿題付き!)
- 2017/10/16
- 22:26
こんばんは。
日本って生きてるだけでお金がかかりますね。
海外にいると、お菓子ってほとんど食べないのだけど、こっちにいるとコンビニに行くたびに何か買ってしまいます。
これ、なんでなんでしょうね???

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メキシコ内陸の街、オアハカ。

コロニアルな街並みは世界遺産です。


このオアハカは、周囲に点在する遺跡の拠点となる街です。
はい、例の似たり寄ったりでわかんなくなるやつです。
でもご紹介致します。
まずは、オアハカからローカルバスで30分。
モンテ・アルバン遺跡。
こちらはツアーにはまらず1人で行った。そこまで興味なかったから。

紀元前500〜800年頃に反映した、サポテカ族の祭祀センターと考えられている、
サポテカ族衰退後には、ミシュテカ族が支配した。
そして、西暦800年頃衰退して行った。


大きな広場は、儀式で使われたと考えられている。

儀式中。
山の上にあるのでオアハカの街が一望できます。

こちら、中米の遺跡名物、球技場。これ、本当にどこにでもあるんです。

例外は、メキシコシティ付近にあったテオティワカン遺跡。あそこにはなぜか球技場がないんです。
(参照記事)
<73カ国目・メキシコ>あらかじめ申し上げますが、似たようなのが続きます
この場所でサポテカ人は文字通り球技をするわけです。
ではここでクエスチョンです。
この球技の勝者に与えられる賞品はなんだと思いますか?
ヒントは、ここは祭祀を行う場所ってことです。
正解は、、、、
チチェン・イツァ遺跡をまとめるときに詳しく面白くお答えします。
面白いんだから!!!
モンテアルバン遺跡は、ガイドなしで行ったからやっぱり細かいことがわからないのね。
でも、こういう壁画が有名らしいです。

風化していて私はよくわからなかったんですが捕虜の拷問とかのシーンが描かれているそうです。
”、、、、へぇー、そうなんだ。(´・_・`)”、くらいの感想ですね。
実際のものを見てもそれくらいだったので、画面から見ても感動もへったくれもないですよね。。。
でも、もう一つ。
同じくオアハカ近郊にある遺跡、ミトラ遺跡。
こちらは周囲の観光スポットをいくつか回るツアーに参加しました。
公共交通機関を使って行くのと結果的に料金が変わらないとのことだったので。
ツアーの参加者のほとんどが南米からの国の旅行者でスペイン語。
バスの中の説明はほとんどがスペイン語ですが、観光スポットに着いたら英語のガイドさんが登場して一応英語で説明してくれます。
ミトラ遺跡。
こちらも、モンテアルバン遺跡と同じサポテカ人の遺跡。モンテアルバンの後の750〜1000年くらいの遺跡とされているが、スペイン人が入植して来た時にも機能していて、スペイン人神父がおぞましい儀式を目撃した際の記録も残っている。
ミトラ遺跡の特徴は、幾何学的な石の装飾。
元々は色も塗られていたようだ。今は場所によってはうっすら赤い色が残っているくらい。


建物の内部まで。

石が本当に複雑に積み上げられている。
これも写真じゃうまく撮れな買ったんだけどね、こちらの石たちも切って貼り付けられているのではなく、
パズルのピースのように噛み合わせて積み上げられている。


一番端っこは歪みを埋める三角の石。
こちら、ミトラ遺跡は、お墓だったようで地下に穴掘られていて、空間が広がっていた。



こちら、地面の模様が異なっているのは、入植して来たスペイン人が財宝を見つけるために掘り起こして埋めた跡なのだとか。
”スペイン人がやって来て原住民の建てた建物を壊して、そこに教会を建てた。”
英語のガイドさんが説明してくれた。
この日、英語でのツアーに参加していたのは、私とオーストリア人のカップルの3人。
このオーストリアカップルは、アルゼンチンからの北上ルートで中南米を冒険中。
彼らがぼそっと、”中南米、どこに行ってもこの話だよ。”って半ばうんざりしながら私に言った。
『スペイン人がやって来て、全て壊して教会を建てた。。。』
↑これも覚えておいて!!!ここでもクエスチョン!!!
どうしてスペイン人は原住民の全てを壊して、教会を建てたのでしょうか?
原住民を完全服従させたかったから。
もちろんそれもあったかもしれない。
でもですね、その場所にスペイン人には教会を建てなければならない理由があるんですよ!!!
これは、チチェンイツァのガイドさんが説明してくれた話なので、これまたチチェンイツァ編に詳しくまとめますが、、、
ちょっと理由を考えてみてねーーー!!!
やって来たスペイン人は、死者の装飾品の財宝を求めてここミトラのお墓を掘り起こした。
だけど、そこにはもうすでに財宝はなかった。。。。
どこにいったのでしょうか?
※ここね、ちょっと英語の説明がわかり辛くて曖昧なんですm(_ _)m。だから間違ってるかも。※
なんと、モンテアルバンで見つかったんです!!!
モンテアルバンは、儀式を行う場所で、お墓ではないから本来死者の装飾品はないはず。
だけど、大量の装飾品が見つかった。(もしくは、見つかるはずだから探している。)
たぶん、サポテカ人自らが、スペイン人に略奪されることを恐れて、モンテアルバンに移したのではないかと考えられている。
ミトラ遺跡は、スペイン人に見つかり、破壊されて教会が作られた。
(写真ないけど、この遺跡の横にはそれもまた古くて歴史ありそうな教会がございました。
私が行った時は閉まっていたけど。)
一方、モンテアルバンは、スペイン人の侵略は受けていないのだとか。。。
歴史はロマン。ちょっと面白くなって来ましたか???
中南米のそっくりさん遺跡たち。
その中でもチチェンイツァは個人的にトリビアにあふれていてすごく面白かった。
近々まとめますね、超面白いですよ。お楽しみに。
あっ、せっかくだからそれまでにちょっと宿題考えてみてねーーーー!!!
<宿題>
・球技場で行われた競技。勝者の賞品は一体なんでしょう。
・原住民の儀式の場を片っ端から壊して教会を建てたスペイン人。一体どうして、教会を建てなければいけなかったのでしょうか???
<ヒント>
儀式の場では、どんな儀式が行われていたでしょうか???

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これ、なんでなんでしょうね???

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メキシコ内陸の街、オアハカ。

コロニアルな街並みは世界遺産です。


このオアハカは、周囲に点在する遺跡の拠点となる街です。
はい、例の似たり寄ったりでわかんなくなるやつです。
でもご紹介致します。
まずは、オアハカからローカルバスで30分。
モンテ・アルバン遺跡。
こちらはツアーにはまらず1人で行った。そこまで興味なかったから。

紀元前500〜800年頃に反映した、サポテカ族の祭祀センターと考えられている、
サポテカ族衰退後には、ミシュテカ族が支配した。
そして、西暦800年頃衰退して行った。


大きな広場は、儀式で使われたと考えられている。

儀式中。
山の上にあるのでオアハカの街が一望できます。

こちら、中米の遺跡名物、球技場。これ、本当にどこにでもあるんです。

例外は、メキシコシティ付近にあったテオティワカン遺跡。あそこにはなぜか球技場がないんです。
(参照記事)
<73カ国目・メキシコ>あらかじめ申し上げますが、似たようなのが続きます
この場所でサポテカ人は文字通り球技をするわけです。
ではここでクエスチョンです。
この球技の勝者に与えられる賞品はなんだと思いますか?
ヒントは、ここは祭祀を行う場所ってことです。
正解は、、、、
チチェン・イツァ遺跡をまとめるときに詳しく面白くお答えします。
面白いんだから!!!
モンテアルバン遺跡は、ガイドなしで行ったからやっぱり細かいことがわからないのね。
でも、こういう壁画が有名らしいです。

風化していて私はよくわからなかったんですが捕虜の拷問とかのシーンが描かれているそうです。
”、、、、へぇー、そうなんだ。(´・_・`)”、くらいの感想ですね。
実際のものを見てもそれくらいだったので、画面から見ても感動もへったくれもないですよね。。。
でも、もう一つ。
同じくオアハカ近郊にある遺跡、ミトラ遺跡。
こちらは周囲の観光スポットをいくつか回るツアーに参加しました。
公共交通機関を使って行くのと結果的に料金が変わらないとのことだったので。
ツアーの参加者のほとんどが南米からの国の旅行者でスペイン語。
バスの中の説明はほとんどがスペイン語ですが、観光スポットに着いたら英語のガイドさんが登場して一応英語で説明してくれます。
ミトラ遺跡。
こちらも、モンテアルバン遺跡と同じサポテカ人の遺跡。モンテアルバンの後の750〜1000年くらいの遺跡とされているが、スペイン人が入植して来た時にも機能していて、スペイン人神父がおぞましい儀式を目撃した際の記録も残っている。
ミトラ遺跡の特徴は、幾何学的な石の装飾。
元々は色も塗られていたようだ。今は場所によってはうっすら赤い色が残っているくらい。


建物の内部まで。

石が本当に複雑に積み上げられている。
これも写真じゃうまく撮れな買ったんだけどね、こちらの石たちも切って貼り付けられているのではなく、
パズルのピースのように噛み合わせて積み上げられている。


一番端っこは歪みを埋める三角の石。
こちら、ミトラ遺跡は、お墓だったようで地下に穴掘られていて、空間が広がっていた。



こちら、地面の模様が異なっているのは、入植して来たスペイン人が財宝を見つけるために掘り起こして埋めた跡なのだとか。
”スペイン人がやって来て原住民の建てた建物を壊して、そこに教会を建てた。”
英語のガイドさんが説明してくれた。
この日、英語でのツアーに参加していたのは、私とオーストリア人のカップルの3人。
このオーストリアカップルは、アルゼンチンからの北上ルートで中南米を冒険中。
彼らがぼそっと、”中南米、どこに行ってもこの話だよ。”って半ばうんざりしながら私に言った。
『スペイン人がやって来て、全て壊して教会を建てた。。。』
↑これも覚えておいて!!!ここでもクエスチョン!!!
どうしてスペイン人は原住民の全てを壊して、教会を建てたのでしょうか?
原住民を完全服従させたかったから。
もちろんそれもあったかもしれない。
でもですね、その場所にスペイン人には教会を建てなければならない理由があるんですよ!!!
これは、チチェンイツァのガイドさんが説明してくれた話なので、これまたチチェンイツァ編に詳しくまとめますが、、、
ちょっと理由を考えてみてねーーー!!!
やって来たスペイン人は、死者の装飾品の財宝を求めてここミトラのお墓を掘り起こした。
だけど、そこにはもうすでに財宝はなかった。。。。
どこにいったのでしょうか?
※ここね、ちょっと英語の説明がわかり辛くて曖昧なんですm(_ _)m。だから間違ってるかも。※
なんと、モンテアルバンで見つかったんです!!!
モンテアルバンは、儀式を行う場所で、お墓ではないから本来死者の装飾品はないはず。
だけど、大量の装飾品が見つかった。(もしくは、見つかるはずだから探している。)
たぶん、サポテカ人自らが、スペイン人に略奪されることを恐れて、モンテアルバンに移したのではないかと考えられている。
ミトラ遺跡は、スペイン人に見つかり、破壊されて教会が作られた。
(写真ないけど、この遺跡の横にはそれもまた古くて歴史ありそうな教会がございました。
私が行った時は閉まっていたけど。)
一方、モンテアルバンは、スペイン人の侵略は受けていないのだとか。。。
歴史はロマン。ちょっと面白くなって来ましたか???
中南米のそっくりさん遺跡たち。
その中でもチチェンイツァは個人的にトリビアにあふれていてすごく面白かった。
近々まとめますね、超面白いですよ。お楽しみに。
あっ、せっかくだからそれまでにちょっと宿題考えてみてねーーーー!!!
<宿題>
・球技場で行われた競技。勝者の賞品は一体なんでしょう。
・原住民の儀式の場を片っ端から壊して教会を建てたスペイン人。一体どうして、教会を建てなければいけなかったのでしょうか???
<ヒント>
儀式の場では、どんな儀式が行われていたでしょうか???

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