<53カ国目;ナミビア>突撃!ヒンバのお宅訪問!&国際免許証が切れた時の裏技!
- 2016/08/27
- 08:37
現在、ポルトガル・リスボン。
なんなの?この街!かわいすぎる!!アフリカから来たからかな?教会も町並みも新鮮で町歩きが楽しい!!

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応援よろしくおねがいします。現在57位!!
ポーランド人夫婦、カロリーナとミハオとキャンピングカーでナミビアを巡る。
車はみんなで交代で運転。
ここで長期の旅人に立ちはだかる問題、、、国際免許証の期限切れ、、、、。
日本で発行してもらえる国際免許証の有効期限はわずか1年。
長期旅行者には短すぎる。東周りにしろ、西廻りにしろ、アフリカ大陸に到達する時点で大体1年くらい経ってしまっている。
私もリョウスケくんももちろん切れてます。このままでは運転できない!!
そんな時、ちょっとした裏技があります。
免許証の原本があれば、日本大使館で翻訳証明を作ってもらえ、それがあれば国際免許証がなくても車を運転することができます!!
翻訳証明が有効なのはそれを発行した国でのみ。ナミビアで発行した場合ナミビアでのみ使えます。
すべての国でこの方法が有効なわけではないようですが、少なくとも南アフリカ、ナミビアでは有効です。
国際免許証が切れた時、その国の日本大使館に問い合わせてみたら、もしかしたら運転できる道が拓けるかもしれませんね。
ナミビアの場合、翌日発行でお値段210ナミビアドル(約1500円)。

私は、マニュアル車久しぶりすぎて結局運転しなかった、、、。
エトーシャ国立公園でサファリを楽しんだ後は、ヒンバ族に会いにOpuwoの街に向かった。
ヒンバ族は、世界で最も美しい少数民族と言われ、私は彼らに会いに行くのがナミビア最大の目的だった。
Opuwoの街にはヒンバ族、ヘレロ族が伝統的な衣装のまま普通に歩いている。
写真を撮るだけなら、この街を散策するだけで十分。
でも私たちは彼らの生活を垣間見たかった。
インターネットで情報を収集すると、ヒンバ族に会うにはOpuwoの街でガイドを雇い、車に同乗してもらいヒンバ族の住んでいる村まで連れて行ってもらうのが一般的らしい。
だから私もその情報に則って、Opuwoでガイドを雇うつもりでいた。
だけど、ポーランド人・カロリーナとミハオの考えは違った。
ガイドをつけたらその時点で自然な彼らの生活を見ることができなくなる。
だから、自力で彼らに会いに行こうという。
私にはない発想だった。
ネットの情報でそう書いてあったから、その情報と同じようにガイドを雇う。
自分らしい旅をしようって思っているけど、結局誰かが引いたレールの上を歩かされているのかもしれない。
ここまで、自分がネットやガイドブックの情報に右へならえだったことに気づかされてちょっぴりハッとした。
彼らと旅をしていると、時々こんな風に日本人が思いもしない発想に驚かされた。
とはいっても、ヒンバ族の村の場所はわからない。ツーリストインフォーメーションでもガイドをつけないと行けないよ!と突っぱねられて場所を教えてくれない。渋々、”街の北のほう”ってことだけ教えてくれた。
スーパーでヒンバ族へのお土産を買っていく。大体1つの村に100ナミビアドル(700円)分くらい用意するのが普通みたい。私たちは3つの村分用意。

ヒンバ族は現金を受け取らないみたい。だからお米や砂糖、油、小麦粉などを用意した。
あとは、あてもなく北を目指す。
しばらく走ると、所々に集落がある。幾つかあったんだけど、その中から、”ここ行ってみよう!”っていうカロリーナとミハオの鶴の一声で1つの集落に車を止めた。
なんでここにしたんだろうね?他にもたくさん集落通ってきたのに。彼らの直感が働いたのかな?
とりあえず、ここにしてよかった。これがどんぴしゃの当たりだった。
なんと、たまたまお葬式で都市部から帰省していた英語を話せる男性がいたのである。
彼の名前はデペドロ。
彼が通訳になってくれたからスムーズにコミュニケーションが取れた。
お土産を渡してしばらくお邪魔させてもらう。

みんな外に座っていて、恐る恐る近づいていくと現地の言葉で挨拶してくれた。
”モロ、ナワ、サワ!” 追い返されたりするかなって思ったけど、普通に受け入れてくれた。
デペドロに通訳してもらって村の人とおしゃべり。
今は乾季で水場が遠く、毎日数キロ歩いて水を汲みに行くらしい。
車のトランクには念のため積んでいた使っていない水道水があってそれをあげることに。

これがすごく喜んでもらえたみたいでぎゅっと距離が縮まった気がした。
ちびっ子達も突然やってきた外国人に興味津々。
リョウスケくんが子供達とサッカーを始めた。
彼らが蹴っているのはボールではなくボロ切れを丸めたようないびつな形の布の球
。

、、、私はギプスが取れたばかりの左足が気になって仕方がない!!
リョウスケくんはサッカーボールを持って旅していて、いろいろな国でちびっ子達とサッカーをしてきた。
そのボールを寄付することにした。
サッカーボールをかばんから取り出すと、、、、子供達、大興奮!!

早く遊びたくて仕方がない!みんな膨らますのを手伝おうと必死。
その必死さゆえに、、、空気入れが壊れた(((( ;°Д°))))。
これじゃあ膨らませないよ、、、困っていたら、
デペドロが空気入れを直してくれて無事膨らんだ。よかったね、ちびっこたち。
ボールが膨らむなりみんな走り始める。集落の後方に広がる広場で埃まみれになって走る、走る!!

弾むボールに大興奮。子供達の目が輝いてる。
各国でちびっことサッカーしてきたリョウスケくん。
彼らの多くは裸足で、ボールはほどんどがボロ切れを丸めて作った手作りのもの。
弾む本物のサッカーボールはとても珍しいようで子供達は本当に必死になって追いかける。
そして、ボールを持ったらしばらく離さないらしい。
でもここ、ヒンバの子供達はちゃんとパスをして、みんなで遊べるようにするらしい。
みんな優しいいい子たち。
だいぶ村人達ともコミュニケーションが取れてきた。
ここで、カロリーナが言った一言がまた私にはない発想で、、、(^▽^;)
”今日、この村でキャンプさせてもらおうよ。”
デペドロに通訳して伝えてもらったら、快くOK,してくれた。
ヒンバ族の村に泊まるなんて、、、予想だにしなかった!!
夜は集落の先にあるバーへ。
村には電気が通っていて、ヒンバ族だって携帯を持っている。
集落を見ると本当に原始的な生活をしているように見えるけど、数10キロ先には普通に街があって文明がある。
彼らは彼らの生活をどんな風に思っているのかな?不便なのかな?それとも幸せなのかな?

バーの中は、音楽ガンガン。ヒンバ族、踊るの大好き。
男性は民族衣装を着ていないけど、女性はあの出で立ちでお酒を飲んでいる。

デペドロとお酒を飲んで集落に帰ると、、、子供達、まだサッカーしてる!!

よっぽど嬉しかったんだね。
そんなに喜んでもらえると、こちらまで嬉しくなちゃうよ。
ヒンバの村でキャンプ編、、、続く。

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日本で発行してもらえる国際免許証の有効期限はわずか1年。
長期旅行者には短すぎる。東周りにしろ、西廻りにしろ、アフリカ大陸に到達する時点で大体1年くらい経ってしまっている。
私もリョウスケくんももちろん切れてます。このままでは運転できない!!
そんな時、ちょっとした裏技があります。
免許証の原本があれば、日本大使館で翻訳証明を作ってもらえ、それがあれば国際免許証がなくても車を運転することができます!!
翻訳証明が有効なのはそれを発行した国でのみ。ナミビアで発行した場合ナミビアでのみ使えます。
すべての国でこの方法が有効なわけではないようですが、少なくとも南アフリカ、ナミビアでは有効です。
国際免許証が切れた時、その国の日本大使館に問い合わせてみたら、もしかしたら運転できる道が拓けるかもしれませんね。
ナミビアの場合、翌日発行でお値段210ナミビアドル(約1500円)。

私は、マニュアル車久しぶりすぎて結局運転しなかった、、、。
エトーシャ国立公園でサファリを楽しんだ後は、ヒンバ族に会いにOpuwoの街に向かった。
ヒンバ族は、世界で最も美しい少数民族と言われ、私は彼らに会いに行くのがナミビア最大の目的だった。
Opuwoの街にはヒンバ族、ヘレロ族が伝統的な衣装のまま普通に歩いている。
写真を撮るだけなら、この街を散策するだけで十分。
でも私たちは彼らの生活を垣間見たかった。
インターネットで情報を収集すると、ヒンバ族に会うにはOpuwoの街でガイドを雇い、車に同乗してもらいヒンバ族の住んでいる村まで連れて行ってもらうのが一般的らしい。
だから私もその情報に則って、Opuwoでガイドを雇うつもりでいた。
だけど、ポーランド人・カロリーナとミハオの考えは違った。
ガイドをつけたらその時点で自然な彼らの生活を見ることができなくなる。
だから、自力で彼らに会いに行こうという。
私にはない発想だった。
ネットの情報でそう書いてあったから、その情報と同じようにガイドを雇う。
自分らしい旅をしようって思っているけど、結局誰かが引いたレールの上を歩かされているのかもしれない。
ここまで、自分がネットやガイドブックの情報に右へならえだったことに気づかされてちょっぴりハッとした。
彼らと旅をしていると、時々こんな風に日本人が思いもしない発想に驚かされた。
とはいっても、ヒンバ族の村の場所はわからない。ツーリストインフォーメーションでもガイドをつけないと行けないよ!と突っぱねられて場所を教えてくれない。渋々、”街の北のほう”ってことだけ教えてくれた。
スーパーでヒンバ族へのお土産を買っていく。大体1つの村に100ナミビアドル(700円)分くらい用意するのが普通みたい。私たちは3つの村分用意。

ヒンバ族は現金を受け取らないみたい。だからお米や砂糖、油、小麦粉などを用意した。
あとは、あてもなく北を目指す。
しばらく走ると、所々に集落がある。幾つかあったんだけど、その中から、”ここ行ってみよう!”っていうカロリーナとミハオの鶴の一声で1つの集落に車を止めた。
なんでここにしたんだろうね?他にもたくさん集落通ってきたのに。彼らの直感が働いたのかな?
とりあえず、ここにしてよかった。これがどんぴしゃの当たりだった。
なんと、たまたまお葬式で都市部から帰省していた英語を話せる男性がいたのである。
彼の名前はデペドロ。
彼が通訳になってくれたからスムーズにコミュニケーションが取れた。
お土産を渡してしばらくお邪魔させてもらう。

みんな外に座っていて、恐る恐る近づいていくと現地の言葉で挨拶してくれた。
”モロ、ナワ、サワ!” 追い返されたりするかなって思ったけど、普通に受け入れてくれた。
デペドロに通訳してもらって村の人とおしゃべり。
今は乾季で水場が遠く、毎日数キロ歩いて水を汲みに行くらしい。
車のトランクには念のため積んでいた使っていない水道水があってそれをあげることに。

これがすごく喜んでもらえたみたいでぎゅっと距離が縮まった気がした。
ちびっ子達も突然やってきた外国人に興味津々。
リョウスケくんが子供達とサッカーを始めた。
彼らが蹴っているのはボールではなくボロ切れを丸めたようないびつな形の布の球
。

、、、私はギプスが取れたばかりの左足が気になって仕方がない!!
リョウスケくんはサッカーボールを持って旅していて、いろいろな国でちびっ子達とサッカーをしてきた。
そのボールを寄付することにした。
サッカーボールをかばんから取り出すと、、、、子供達、大興奮!!

早く遊びたくて仕方がない!みんな膨らますのを手伝おうと必死。
その必死さゆえに、、、空気入れが壊れた(((( ;°Д°))))。
これじゃあ膨らませないよ、、、困っていたら、
デペドロが空気入れを直してくれて無事膨らんだ。よかったね、ちびっこたち。
ボールが膨らむなりみんな走り始める。集落の後方に広がる広場で埃まみれになって走る、走る!!

弾むボールに大興奮。子供達の目が輝いてる。
各国でちびっことサッカーしてきたリョウスケくん。
彼らの多くは裸足で、ボールはほどんどがボロ切れを丸めて作った手作りのもの。
弾む本物のサッカーボールはとても珍しいようで子供達は本当に必死になって追いかける。
そして、ボールを持ったらしばらく離さないらしい。
でもここ、ヒンバの子供達はちゃんとパスをして、みんなで遊べるようにするらしい。
みんな優しいいい子たち。
だいぶ村人達ともコミュニケーションが取れてきた。
ここで、カロリーナが言った一言がまた私にはない発想で、、、(^▽^;)
”今日、この村でキャンプさせてもらおうよ。”
デペドロに通訳して伝えてもらったら、快くOK,してくれた。
ヒンバ族の村に泊まるなんて、、、予想だにしなかった!!
夜は集落の先にあるバーへ。
村には電気が通っていて、ヒンバ族だって携帯を持っている。
集落を見ると本当に原始的な生活をしているように見えるけど、数10キロ先には普通に街があって文明がある。
彼らは彼らの生活をどんな風に思っているのかな?不便なのかな?それとも幸せなのかな?

バーの中は、音楽ガンガン。ヒンバ族、踊るの大好き。
男性は民族衣装を着ていないけど、女性はあの出で立ちでお酒を飲んでいる。

デペドロとお酒を飲んで集落に帰ると、、、子供達、まだサッカーしてる!!

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ヒンバの村でキャンプ編、、、続く。

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